フェンシングは、古くは中世ヨーロッパの騎士たちによって磨かれた剣術、剣技である。
火器類の登場によって重い鎧や盾は姿を消したが、剣術、剣技が消えることはなかった。剣単体で攻撃を防御するテクニックに磨きがかかり、攻撃能力はもちろんのことだが、剣を使った繊細且つスピーディーな防御(フェンス – Fence)技術が魅力であり、名前の由来とも言われている。
戦場で利用されることが少なくなった後でも、フェンシング独自の高度な剣術、剣技に魅了される者が多く、19世紀末にはヨーロッパ各地で競技会が行われるようになった。
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第1回オリンピック・アテネ大会でフェンシングが採用される
最初のオリンピックでフェンシングのフルーレとサーブルが採用された。第1回オリンピックから現在のオリンピックまで継続して行われている競技は、「陸上」「競泳」「体操」「フェンシング」の4競技だけである。
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第2回オリンピック・パリ大会でエペが採用
全身が攻撃対象であるエペも正式競技となる。
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国際フェンシング連盟(FIE)がフランス・パリに設立
現在の本部はスイス・ローザンヌにあり、世界135の国と地域が加盟している。
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FIEがあったフランス・パリでIOC国際会議による競技規則が確立
この当時は国や地域によって様々なルールがあったため、見解の違い等による論争やトラブルが絶えることがなかった。しかし、この競技規則の確立でそれらの論争やトラブルは大幅に減ることとなる。FIEルールの原典にもなった。
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岩倉具清が日本フェンシングクラブを創設
1932年、フランスでフェンシングを習得した岩倉具清が帰国後、日本でのフェンシング普及に乗り出す。1934年には岩倉具清がリーダーとなり日本フェンシングクラブを立ち上げた。これが日本ではじめてのフェンシングクラブである。
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電気審判機による判定をエペに導入
当時は肉眼による判定が行われていたが、電気審判機による判定が初めて導入された。これにより競技の公正さが増し競技人口が増加した。フルーレには1957年、サーブルには1988年に導入となる。
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大日本アマチュア・フェンシング協会が設立
1936年にIOC総会により1940年オリンピック・東京大会が決議された。これがきっかけとなり大日本アマチュア・フェンシング協会が設立され、国内においてもフェンシングは活発化していった。しかし、その後の第二次世界大戦により、1940年オリンピック・東京大会が開催されることはなく、大日本アマチュア・フェンシング協会も解散することとなる。
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日本フェンシング協会として再建
第二次世界大戦の終結後まもなくフェンシング界は素早く動き出すこととなる。1947年には日本フェンシング協会(前 大日本アマチュア・フェンシング協会)が再建し、1948年には戦後はじめてとなると全日本選手権大会が開催された。この素早い再建の裏には、戦後GHQにより禁止された日本古来の武術である剣道の競技者が、フェンシングに移ってきた背景があると言われている。
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国際フェンシング連盟(FIE)への加盟復帰
翌年の1952年オリンピック・ヘルシンキ大会、1956年オリンピック・メルボルン大会へ視察団を派遣し、初のオリンピック出場へ向けて動き出す。
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オリンピック・ローマ大会に日本が初参加
以後、現在に至るまで毎大会参加している。※1980年オリンピック・モスクワ大会のボイコットを除く。
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オリンピック・東京大会で男子フルーレ団体が4位入賞
大川 平三郎、青野 一夫、清水 富士夫、田淵 和彦、戸田 壮介による男子フルーレ団体が4位入賞を果たす。しかし、その後43年間この4位入賞を上回る成績は残せていない。
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強化プロジェクトをスタート
日本フェンシング協会内に北京オリンピック強化委員会を設け、フルーレのコーチにオレグ・マツェイチュク – Oleg Matseichuk(ウクライナ)を招くほか、500日合宿等を行い強化を図った。
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世界選手権で女子フルーレ団体が銅メダルを獲得
国際フェンシング連盟が主催するフェンシング世界選手権において、菅原 智恵子、川西 真紀、巻下 陽子、池端 花奈恵による女子フルーレ団体が銅メダルを獲得。日本のメダル獲得は、オリンピック、世界選手権を通じて史上初の快挙であった。
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太田雄貴がオリンピック・北京大会で日本人初の銀メダル獲得
フェンシングにおいてオリンピック参加以来初であり悲願のメダル獲得であった。
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オリンピック・ロンドン大会で男子フルーレ団体が銀メダルを獲得
太田 雄貴、千田 健太、三宅 諒、淡路 卓による男子フルーレ団体が、日本史上初となる団体での銀メダル獲得した。
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2017年現在、オリンピック金メダル獲得ランキング
金メダル数(総メダル数)
1位 イタリア 49個(125個)
2位 フランス 42個(118個)
3位 ハンガリー 37個(87個)
25位 日本 0個(2個)